映画「ユンヒへ」の感想。---小樽の冬景色は20年ぶりに再会する二人にぴったりだった。

映画「ユンヒへ」を観ました。

小樽出身の私は、小樽が舞台になるとのことで、ロケを行っているという情報を得てからどんな映画なのだろうと気になっていました。

韓国映画で、前半は韓国で暮らす女性の日常と小樽で暮らす女性の日常がそれぞれに描かれ、後半は小樽での映像が中心でした。
小樽は冬でした。住宅街は雪、雪、雪、と一面雪に覆われたモノトーンの世界です。
映画は、全体がゆっくりと流れる感じで、セリフは多くなく、小樽の冬景色がぴったりと思えました。
韓国に住んでいる母と娘、小樽に住んでいる伯母と獣医をしている姪のそれぞれの生活は、表情や情景で丁寧に描かれます。

冒頭のシーンは、電車の窓から見える冬の海でした。
札幌から小樽へ向かう電車の中からの風景だとすぐわかりました。
JR函館線で、小樽に入ると海岸線ギリギリに走ります。見えるのは、荒れた海でした。
同じシーンがもう一度登場します。その時は小樽港を一望でしたが、お天気は曇り。
そして、物語は、韓国で暮らすシングルマザーのユンヒの元に、小樽で暮らす友人ジュンからの一通の手紙が届くところから始まります。

二人は20年間、連絡を取り合っていませんでした。
その手紙が意味するものは何か。
はっきり分からないまま映画を観ましたので、少し謎解き感があり、そういうことなんだと分かった時には、スッキリした気持ちと秘密を知った驚きと両方の気持ちでいっぱいになりました。
また、その思いでいろいろな場面を思い返してみると、全体の構成や演出のすばらしさを感じ取れて、凄く感動しました。
この映画は、解説等を聞かないまま観た方がよいと思いました。

作品詳細
韓国で暮らすシングルマザーのユンヒが受け取った、一通の手紙。
母の手紙を盗み見てしまった高校生の娘セボムは、自分の知らない母の姿をそこに見つけ、手紙の差出人であるジュンに会わせる決心をする。
セボムに強引に誘われるかたちで、ジュンが暮らす小樽へ旅立つユンヒ。
それは20年前の自分と向き合う、心の旅でもあった。
<公式サイトより引用>

キャスト・他
・キャスト
ユンヒ (キム・ヒエ) 韓国に住んでいる、シングルマザーで娘と二人暮らし。
ジュン (中村優子)  小樽に住んでいる獣医をしている女性。独身。
セボム (キム・ソヘ) ユンヒの娘。高校生。
マサコ (木野花)   ジュンの伯母でいっしょに住んでいる人。
ギョンス(ソン・ユビン)  セボムのボーイフレンド。

・監督  イム・デヒョン
・公開日 2019年(日本公開は、2022年1月7日)

その他の情報
*受賞内容
2019年 第24回釜山国際映画祭でクィアカメリア賞を受賞。
2020年 韓国のアカデミー賞ともいえる青龍映画祭で最優秀監督賞と脚本賞を受賞。

*この映画は、岩井俊二監督の『Love Letter』にインスパイアされた作品で、ロケ地を北海道・小樽に選び、二人の女性が心の奥にしまってきた恋の記憶を描き出しています。

*イム・デヒョン監督のコメント
韓国と日本の女性は確かに違います。しかし、男性中心的な社会秩序が強固に成立した国で生きてきたという点では似ていると思いました。『ユンヒへ』で東アジアの女性たちが互いに連帯し、愛を分かち合う姿を見せたかったのです。

[以下、ネタバレが含まれます]

・感想① 同性愛についての表現
ユンヒ(キム・ヒエさん)とジュン(中村優子さん)は、20年前、恋愛関係にありました。二人は同性愛者でした。
韓国では、日本以上に女性同士が愛し合うということは許されない時代で、二人の関係は秘密にしておかなければ生きていけませんでした。二人が高校生の頃のことです。
映画では、その時代の映像は、一切登場せず、
20年後、別々の場所で暮ら二人の日常から始まります。

ユンヒ(キム・ヒエさん)とジュン(中村優子さん)の恋は、過去からずっと今も心の中に存在していたと思います。
それは、直接的な言葉や表現を使わずに二人の演技と眼差し(目力というより瞳が語る)で描かれていました。
ユンヒ(キム・ヒエさん)は、自分が望む生き方ではない世界で、寂しさを漂わせる演技がばらしいと思いました。
また、ジュン(中村優子さん)の眼差しがよかったです。
寂しさの演技と眼差しの演技が作品の質を高めていると思いました。

これまで韓国映画で取り上げられることが少なかった女性の同性愛を、特殊なものにすることも、性的なものにすることもなく、抑圧された社会に“ただ”生きる女性たちの物語として描いています。

中村優子さんがあるインタビューで、「自分はレズビアンではないので、どう演じようか、何かヒントを見つけたいと思っていたけど、演技している中で、自分が実生活で感じてきた異性に恋した時の気持ちと何も変わらないことに気が付いたこと、ユンヒへの恋心は自然なことだったのではないか」と言われていました。

・感想② シングルマザーのユンヒについて(別れた夫の言葉と娘の思い)
ユンヒは、家族に結婚させられました。
この段階から、同性愛者であるという自分の気持ちを抑え込んで生きてきました。
ですが、けっしてその気持ちを消し去ってはいませんでした。
消し去ることはできなかったのだと思います。
そう思える場面があります。

高校生の娘セボムが離婚した父親の職場に会いにいきます。
その時、セボムが父に聞きます。
セボム「何でママと別れたの?」
父「ママはちょっと人を寂しくさせる」

また、セボムがユンヒに次のように言う場面があります。
セボム「パパとママが分かれた時、なんで、ママを選んだのか。
ママが寂しそうだったから、一人で生きられないと思って、でも、勘違いだったかもね。
私もママのお荷物だったみたい」

ユンヒ(キム・ヒエさん)は、寂しさが漂う女性で感情を表に出さない人でした。
寂しさはどこからくるのかの謎解きがありました。
送られてきた手紙によって、ジュンとのことを思い出し、会社を辞めても小樽へ行こうと思う自分がいて、会いたいという思いがどんどん強くなっていきました。平行して顔の表情が変化していき、明るくなっていきました。
その変化していく表現力は素晴らしかったですし、再会した後、新たな人生へと進んでいく時の彼女は綺麗で自信に満ちていました。

・感想③ 小樽に住むジュンについて(伯母さんの対応と親戚の青年の言葉)
韓国で生活していたジュン(中村優子さん)は、20歳の時、両親が離婚する際に自分に関心のなかった日本人の父親を選び、韓国を去り、小樽の伯母さんとふたりで暮らすことにしました。それは、もし母親を選んでいたら、同性愛者である娘を心配し続け、干渉し続けると思ったからでした。

小樽でいっしょに暮らしていたマサコ伯母さん(木野花さん)は、ジュンが結婚してもしなくてもどちらでもよいと思っていました。また、ユンヒとのことをなんとなく分かっていたのだと思うのですが、干渉もせず、所有しようともしませんでした。
だから、ジュンは、同性愛者であることを積極的に明かすことはしませんでしたが、その気持ちを持ち続けたまま自然体でいました。
小樽では、独身のまま、獣医として働いていました。

独身でいることが、その気持ちを持ち続けている証明だと思いますが、男性との結婚は無理なのだということが分かる場面がありました。
お父さんのお葬式のシーンがありました。
ユウスケさんという親戚の青年の運転でジュンと伯母さんが家に帰る時、
ユウスケさんがジュンの結婚について話を始めます。
どうして結婚しないのか、紹介しようか、軽い気持ちで一度会ってみないか、と。
その内容にとても不快な思いをしたジュンは、途中で車を降りてしまいます。
ユウスケさんは、どうしたのかと驚きますが、伯母さんにはその態度がなんとなく理解できているようでした。

・感想④ 冬の小樽とロケ地。二人の再会は浅草橋でした。
@小樽運河の浅草橋。
最後にユンヒとジュンが再会しますが、その場所は、小樽運河の浅草橋でした。
冬の夜のロケ、それも港の側の運河ですから、寒かっただろうなと思いました。
20年ぶりの再会ですが、それはセボムが計画したものでした。
セボムがそれぞれに夕食をいっしょに食べようということで、浅草橋で待ち合わせることにしたのです。
二人の再会はドッキリだったのです。
あれっと思ったジュンが「ユンヒなの?」と声を掛けます。
会話はそれだけで、ふたりは抱き合うこともせず、ただ、ただ、見つめ合い、立ち尽くします。撮影の最初は、少し会話があったようですが、最終的に見つめ合うだけになったそうです。
人間、思いが強いほど言葉にならないものという監督の演出になったとのことです。

その後のシーンもよかったです。
場面が変わって、二人が運河沿いを歩いています。
「ひさしぶりね」「そうね」との会話があり、画面が真っ暗になりますが、雪の上を歩く、サク、サク、サクという音だけが聞こえてきます。
そして、その音が次のシーンへと繋がっていきます。
ここの演出も素敵でした。

@JR函館線
本文冒頭に書きましたが、JR函館線と札幌から小樽へ向かう列車の中からの風景は、
冬の海、日本海の海、まさに灰色で、寒さと寂しさが表現されます。
私は、どの季節に帰郷しても、小樽へ向かう列車では、可能な限り海側に座るようにしています。
海が見えて、さらに小樽に近づくと、小樽港、小樽の街が見えてきます。
小樽に帰ってきたことを感じる風景です。

@豊川郵便局
この映画のキーとなる一通の手紙が投函されたのは、小樽豊川郵便局のポストです。
郵便局の名前が映像にしっかり出ます。
この手紙ですが、投函するのは伯母さんなのです。
ジュンの机の上に置いてある封筒を見て、封がしてなかったので手紙を読んだのだと思うのですが、その手紙を出してしまうのです。
ジュンが封筒の存在を伯母さんに聞くシーンがあり、伯母さんは知らないわととぼけます。

@小樽市内散策
ユンヒと娘のセボムが小樽市内を散策するシーンですが、喫茶店のようなところでケーキを食べるシーンがあります。
そこは、私も行ったことのあるお店ではないかと思いました。
運河沿いにあるカフェ・スイーツ店の「ル・キャトリエム」というお店です。
一階がケーキ屋さん、二階がレストランになっています。
数年前、小樽へ帰郷した時、高校の時の友達とランチをしたお店だと思います。
お店の窓から小樽運河の景色が見えて、静かで落ち着く雰囲気のお店です。
ランチを食べて、食後にケーキを食べました。
ランチもケーキもおいしいと思った記憶があります。

その他、旧国鉄手宮線や夜は嵐山仲見世小路もほんの少し登場しました。

・感想⑤ ユンヒの娘セボムとジュンの伯母さんが脇役としてスパイスになっていた
ユンヒの娘セボム(キム・ソヘさん)は、明るく、キュートで愛らしい少女でした。
そして、積極的に行動するタイプでした。
ユンヒの世界感が寂しく、暗いのですが、その暗さを明るくしてくれる存在でした。
母に届いた手紙を盗み見てしまったセボムは、母を小樽にいるジュンに会わせたいと思います。
高校の卒業旅行は、みんな海外に行くということで、それを利用して小樽への卒業旅行を計画します。
また、その作戦にボーイフレンドのギョンスも協力しますが、この彼も少しコメディっぽくて、笑えました。

母とジュンが再会する時、その浅草橋にいて、赤い丸いポストの影から二人が無事に再会できるかどうか見ていました。
会えたことを確認した時、計画成功の喜びよりも、二人の世界感に感動したのか、複雑な表情をしていました。その場をすぐ離れるのですが、その背中も複雑な気持ちを表現していると思いました。
私はそう感じました。

ジュンの伯母さんは、マサコさん(木野花さん)です。
こちらも少しひょうきんな感じが出ていて、凛々しい感じと寂しさを漂わせるジュン(中村優子さん)との生活に光を当てている感じがしました。
喫茶店を営んでいて、そこにセボムが来て、日本語ができないセボムとなんとか英語を使いながら会話をするシーンは、楽しくさせてくれました。

ユンヒもジュンも世代を超えた理解者がいて、救われたように思いました。
特に、生きづらいと思っている人には、幸せな結果をもたらしてくれる存在なのだと思います。

・感想⑥ 北海道弁の登場
マサコ伯母さん(木野花さん)がジュン(中村優子さん)にハグをしようとするシーンがあります。その時、ジュンが「なに?」と照れた感じで言いますが、その「なに?」は北海道弁とのことです。
ジュンは、ずっと標準語でしゃべっていましたが、この一言だけ監督の演出で北海道弁を使ったそうです。
でも、私には、どこが北海道弁なのかわかりませんでした。
たぶん、アクセントが違っていて、「に」が重たく下がっていたからだと思うのですが、
北海道人の私には、全然普通に聞こえました。

・感想⑦ 気になった演出
気になった演出がありましたが、どういう意味があるのか考えてもわかりませんでした。

一つ目は、マサコ伯母さんのセリフに「雪はいつやむのかね」というのがあり、数回登場します。
雪国に住んでいる伯母さんがなぜそんなことをいうのか、何か意味があるのかなと思いました。
ジュンの気持ちが晴れてくれればいいとの思いなのでしょうか。
このセリフを、最後はジュンが言います。「雪はいつやむのかしら」

もう一つは、電車が走るシーンが何度かあります。
意識して登場させていると思うのですが、その意味がわかりませんでした。
映画の始めが札幌から小樽に向かう列車に乗っているシーンです。
手紙を受け取って、会社を休んだ時に後ろ側に電車が通ります。
会社を辞めて彼女のことをいっぱい思い出しているような、少しふっきれたような明るい顔をした時、後ろ側に電車が走ります。
電車の走っている時の音、ガタン、ガタン、、、ガタン、ガタン、、、の音が、寂しく暗かった気持ちが明るい方へ少し動いた時の合図なのかなとも思ったのですが。
そして、最後はまた自分が電車に乗っているシーンです。

最後に
ネタバレになるので、最初のところに書きませんでしたが、
20年以上もお互い連絡を取っていなかった二人の女性は、昔は友達同士で、特別な恋心をもつ関係だったわけです。
この映画は、ラブストーリーと紹介されています。
そのラブは二人の女性のラブでした。
二人のラブラブの映像は登場しませんので、二人のラブについて「そういうことなんだ」と分かるのは、後半になってからです。

正直、少し退屈になりながら観ていました。
でも、途中で投げ出さずに最後まで観てよかったです。
全体構成と演技のすばらしさから、いろいろな賞を受賞する映画だということを理解できました。
小樽の冬景色もとてもよかったです。
見終わった後、やさしさに包まれ、幸せな気持ちになりました。感謝です。

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